いつもの小規模デイサービスでのそれは1コマでした。
朝、Bさんの家に迎えに行くと
いつもは玄関で待っててくれているのに
ドアは閉まったまま。
ピンポンを押しても反応なし。
「え?なんかあったん!?まさか、、、」
と思ってドアのカギを確認し
かかっていなかったので
「Bさ〜ん、いるの?上がらせてもらいますよ?」
と言いながら奥の部屋に入って行くと
布団の上にぽつんと座って針仕事をしているBさん。
「わぁ!びっくりした!
今日はなんで?なんか用事?」
と突然の訪問に驚きの表情。
「何って、今日は月曜日やからデイの日ですやん」
「月曜日!?ほんま?今日は水曜日やないの?」
「えぇ〜、今日は月曜日ですよぉ〜」
「わぁ、、、どないしょ、、、曜日間違っとった、、
今から準備するから待っとってくれる?
あぁぁ、あかんようになってしもうたわぁ、、
今日はすっかり水曜日やと思っとったのに、、、
私、、どうやらボケて来たみたいやねぇ、、、
あかんようになってしまって、、、」
今日一日、ことあるごとに
「ボケてしまったんよ」と嘆いていたBさん。
かなり凹んでたなぁ、かわいそうなくらいに。
分3で出されていた食後薬の飲み方があいまいになってきて
朝食後薬を家ですでに飲んでいるのに
デイに到着後に「飲み忘れた」と言って飲もうとされたり
といったエピソードが出始めておられたんで、
記憶障害が垣間見られたのは今回が初めて、
ではなかったんですけど、
曜日の感覚が狂うことはなかったんです、今までは。
たとえば、薬の飲み間違いについては
僕らは家での生活を24時間で見ているわけではないので、
本当のところはわからないです。
けど、ゴミ箱の空き薬袋の有無とか
デイの昼食後薬を2回服用されそうになったりとかのエピソードで
「おそらく飲み間違いはあるんやろうなぁ」
って思ってたわけです。
でも、それは「おそらく」の域だったんです。
しかし、今日のは決定的でした。
だって誰がどう言おうと絶対月曜日ですもん。
たぶんBさんご本人はキツかったんちゃうかなぁ。
あくまでも、僕の感覚的に、ですけど、
薬を飲み間違うのと
曜日を間違えるんだったら、
曜日間違いの方が受けるショックが大きいような気がする。
生活の場面として、より基礎的な感じがするし。
で、それ以上に思ったのは、
80代の半ばまで
「Bさんはしっかりしてはるねぇ」
と言われ続けてきた方にとって
ここ最近のご自分の異変ってどうなんだろう、ってこと。
働き盛りをおそう若年期認知症で抱く恐れとはきっと違う。
「俺には関係ない」と思っていた
もしくはそんなことさえ思っていなかったところに突然来る恐れと
「ここまで無事できたんだからこれからもきっと大丈夫」
と思いたかったところに突然来る恐れの違い。
僕が今認知症になったら
きっとものすごくもがいてしまうと思うけど、
80余年の末のもがきって想像すると、重いなぁ。
ありきたりの慰めなんか
していらないだろうから、
不自由へのちゃんとした援助を
まずは望んでもらえるような関係作りを
今一度していかないと、と思っています。
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