続・介護の現在進行形
“老い”を生きる、ってどういう感覚なんだろう。 “老いの不自由”を支えるって、どういうことなんだろう。“老いても地域で暮らす”って、難しいのかな。
現場上がりの叩き上げ
やっぱり、
「和田行男さん」という人物について
このブログでも書いておきたいなぁ、って思います。
去年の今頃やったかなぁ、
『大逆転の痴呆ケア(中央法規出版)』の著者、
和田行男さんが講師を務める研修に参加したので、
その時の雑感というカタチを借りますね。





僕が“和田行男”という人の名前をはじめて知ったのは、
3年前に広島県の老健・桃源の郷に研修で伺った時のこと。
そこの詰所には和田さんの著書の冒頭に掲載されている一節の詩
『まだ見ぬ介護者へ』が掲示されてました。

和田さん自身が認知症(執筆当時は痴呆症)に仮になったとしたら
周りの人にして欲しいこと、感じ取って欲しいこと、
そしてわかってほしいことの数々、という形式を借りて
認知症ケアに大切なことが盛り込まれているんだけど、
とても優れた文章だと思います。

“私はすべてを失ったわけではありません”
という文章で始まるその詩には、
広く社会福祉に必要不可欠な
介助者の心得のようなものが
表現豊かに描かれている、そんな感じさえ抱いてしまう。
ただ、『大逆転の痴呆ケア』を読まれた方は
すでにご存知かと思うんだけど、
冒頭の詩がどちらかといえば少し文学的な香りがするのに比べて、
その後に続く本文にはプンプンとした生活臭さが漂うんよねぇ。
それは「認知症という病気になったとしても人が生きていく、
生活していくということは、こういうことなんや!」
という和田さんの強いメッセージが
随所に文章化されているからなのだと思います。
そしてそのメッセージは、去年の研修時、
僕ら参加者にも発信してはった。
研修は午前2時間、午後3時間半という構成やったけど、
そのほとんどの時間を和田さんは
「人が生活するために必要なこと」
「自立した生活を維持するための支援」
という視点に立ってしゃべり続けておられました。


“認知症によってやられてしまった(障害を負ってしまった)
 ところにだけの支援になっているか。
 そのことにこだわり続けられるか。
 工夫を惜しまないか。それが僕らの使命やねん”


“僕もそうやけど、最後の最後まで自分のことは自分で出来て、
 最後はコロッと死ねたらええなぁ、ってみんな思うやろ?
 僕らは子供の頃から「大きくなったら自分のことは自分で」
 って教わって大きくなってきたんや。
 そう思うみんなが認知症になる。
 そう思うみんなが要介護状態になるわけです。
 そう願っていない人が認知症になったり
 要介護状態になったりするわけじゃない。
 そのことがものすごく大切で、
 そうした願いをまったく無視して
 「高齢者は労わらなあかん」的発想で福祉を実践したらあかん。
 それは絶対に忘れたらあかんことなんや”


“大脳生理学的に言うと、人間には3つの欲があるんです。
 1つ目は、食欲。2つ目は、性欲。3つ目は、群れたいという欲で
 人間は一人では生きていけない。
 この3つは人間が元々誰もが持っているもん。
 眠っているかもしれんし、持ってるかどうかわからんような
 認知症の人でも持ってるねん。
 そのことを知ってケアするのと死なないでケアするのは大きく違う”


“自分が生きていくために自分の気が向かないことでもやっていく、
 僕ら生活する上でそういうことってあるやろ?
 そこには生きていくための力がある。
 それは認知症になった婆さんたちも一緒やねん。
 ただ、婆さんたちにそうした気の向かないことをしてもらうには
 僕らが気が向くようにそそらなあかん。
 させるんじゃあかんねん。
 介護を仕事としている僕らプロが、
 そのそそりをどんだけできるか。
 自分たちがどう考え、自分たちがどう実践していくかで
 婆さんたちの生きる姿は変わってくる”


“大人の世界で、
 決められた時間に決められたものしか食べられないって
 おかしな話でしょ。刑務所、病院がそうやけど、
 残念ながら高齢者施設もそう。
 そこで働いている人は好きなもん食べてるわけやけど、
 それておかしい、って思えるかどうかですよ。
 食事とは本来獲得するものであって、
 黙ってても出てくるもんちゃう。
 食べるという行為の前に、食べることに向かっていく姿から
 食事はすでに始まってるねん。
 だから、「今日何食べよっか」という語りかけ、
 「○○も美味しいけど××もおいしいやんなぁ」
 というイメージの膨らまし、といった
 僕らから婆さんたちへの仕掛けが大事やねん”


“認知症の婆さんたちが自立した生活を営むには、
 っていう目指すべき姿を僕らがどんだけイメージできるか。
 婆さんたちがしたいって思ってること、不完全やけどできてること、
 その婆さんらしいこと、そんな数々を一つでも多く見つけて、
 それを殺さずに、支援できるか。
 眠っている自発性をどれだけ引き出せるか。
 それが僕らの仕事や。決して優しさだけあればできる仕事やない”


“グループホームでも特養でも人員配置の問題があるから、
 できることとできないことがあって当然。
 出来る日と出来ない日があって当然。
 だから出来る日に出来ることをすればいいねん。
 でも、出来ないことに疑問を抱き続けられるかどうかで
 大きな差が生じる。
 どうしたらできるようになるんやろ、
 って工夫し続けられるかどうか。あきらめたらあかん”


和田さんについては長くなるんで
2回に分けてアップしようと思っています。

テーマ:福祉関連のおすすめ本 - ジャンル:福祉・ボランティア

【2006/04/23 18:37】 | 雑感 | トラックバック(0) | コメント(1) |
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コメント
こんにちは、和田です。
いやーここまで書かれると、恥ずかしくなってきます。よく聞いてくれてるんやね。ありがとう
一生懸命、自分の脳を使って、自分の口から
自分の言葉で他人に話したことを、改めて
文字にしてもらうと複雑な気持ちですが、
とっても感謝しています。僕の考えていること、発した言動に対して、共感・反発どっちでも、こうして議論することがとっても大事なことで、でも大事なのに大事にされずにきたのがこの業界ではないかと感じています。
これからもよろしくお願いします。どこかで見かけたら声をかけてくださいね。
【2006/12/02 16:40】 URL | 和田行男 #-[ 編集]
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