ちょっと間が開きましたが、
小澤勲さんの本 『ケアってなんだろう』を読んで思ったことです。 小澤さんには
という本があるんですが、 その“物語”についての件があるんで、 今日はそこを。
小澤さんと同じ精神科医の
滝川さんとの対談のなかで、 小澤さん「なかには誤解している人もいるのですが、 物語をつくって本人のこころが見えてくる」 というのとは、ほんとうは逆なんですよね。 「この人にはこうしたらいいやろ」 というような感覚、勘みたいなものが 先にあるんですよ。 で、そういうふうに自分、あるいは ほかのスタッフを導こうとしたら、 どういう物語をつくったらいいのかを考える。 もちろんそれはインチキの物語じゃないけれども、 物語を読んではじめてケアの方針が 立つわけじゃないんです。 スタッフに、 「おまえはやさしくない」 なんえ言うんじゃなくて、 「この人はこういう世界、 こういう人生を歩んできた人だから、 いまこういうふうに言っている。 そのことをわかって、 こうしたほうがいいよ」 というようなことを、 ちゃんと説明するための道具です、物語は。 だから、 それが真実かどうかということを厳密に、 エビデンスをもって証明しようという気は ぜんぜんないんですね」 滝川さん「タイムマシンに乗って チェックするしかない(笑)。 それに客観的にこうというのと、 その人がそれをどう体験したかは別ですものね。 外から眺めてもわからない。 ただ、あまりリアリティを 離れてしまっては、 生きた物語にならない。 だから物語を“つくる”というよりは やはり“読む”。 読むための材料として 相手とこちらの関係があるわけです」 という箇所があります。 たとえばケアの現場では ご本人の思いはコッチに置いといて、 介護者が指示的口調でケアしてることってあります。 ケアプランにしても ご本人の、それが例え逃げ口上だとしても “この人のADLなら もっと自立した生活ができるはずだ” と言わんばかりに かなりケアマネの思いが入った (「本人に〜させる」的色合いの強い) ケアプランが存在します。 でも、そういうものの多くは やはりあんまりうまくいかない。 当たり前だけど、 ご本人の意に添わないものだし。 ケアでよく言われますけど、 「ケアには説得じゃなくて、納得」です。 やはりそこを外すと話が進みにくい。 じゃあ、受容すればいいのか、 という問題がありますよねぇ。 ケアに受容、って付き物のようです。 でも、滝川さんの本
のなかで、 それは心理療法における“受容”について こう書かれています。 「すべてを受け入れ、 いっさいを言うがままにするなんて、 人間関係に不可能な技でしょう。 不可能なことをアドバイスしてはだめです。 心理療法における“受容”とは、 相手の感情や考えを、 こちらの価値観や立場によって裁断せず、 そのままに“理解”するということで、 相手の要求や行動をそっくり“許容” することではありません」 と。 家庭内暴力で悩んだ父親が カウンセラーから“受容”のアドバイスをされて 果てに父が子を殺してしまった、 という事例に対しての話だったんですが、 かなり明解だと思います。 たとえ出きる力にご自分でフタをしている方で、 ケアの総合的援助方針が いかに過介護にならずに自立支援に焦点を、 だとしても、 ご本人がいだくしんどさを 「しんどいんですよね」と まずはそのまま理解し、 でも「だから○○してくれ、△△もして」を そのままそっくり“許容”するのではなく、 ご本人がなぜ今私にしんどいと言わんとあかんのか というご本人の今までの歩みや現状、 気質、心身の状況を物語として読む。 まずはご本人と介護者の間合いを詰めていかないと ケアは成立しにくい、 というか始まりにくいでしょう。 あらためてそんなことを感じた件でした。 それにしても滝川さんの本、 かなり読み応えあります。 オススメです。 テーマ:福祉関連のおすすめ本 - ジャンル:福祉・ボランティア ![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| ホーム |
|



