かなり夢中、
というのが正直なところです。 今夜も小澤勲さんの『ケアってなんだろう』を読んでいます。 リアルタイムでは、もう随分先、 そろそろ読み終わる頃なんですが、 前回少しご紹介した“少し長い前書き”の次のパートである 田口ランディさんとの対談から ちょっと拾ってみたいと思います。
37ページに
“ものすごく攻撃的で怒鳴りまくっている認知症の人は どうしても押さえ込みたくなるから、 精神科の医師などは 統合失調症に使うような抗精神病薬を 使うことがよくあります。 でも、ぼくは抗うつ剤を出すのです。 喪われていくことに対する不安、 寂しさ、あきらめだとか、 そういうものが彼らのなかには あるのだろうと思いますね” という小澤さんの談話があります。 僕が以前勤務していた老健では 公立の精神科病院で小澤先生の後を継がれた先生に 認知症の専門診断をお願いしていて、 談話にあるようなケースで実際に “抗うつ剤を使ってみましょう” となった方がいらっしゃいました。 初対面の印象は、 ユーモアがあって、表情が豊か、 それでいて品がある女性、でした。 長男ご夫婦と同居されていて、 長男さんへの想いは 傍目にいる私たちにもすぐわかる程です。 とにかく長男さんに傍にいて欲しいんでしょう、 「○○〜!」と名前を呼ばれます。 長男さんはそんなお母さんの今の姿を どうしても受け入れられずにいました。 お元気だった頃のお母さんは 家でお茶やお花、編み物の先生として活躍され、 お弟子さんやご近所さんには慕われ、 息子さんにとってはとても自慢のお母さんだったのです。 そのお母さんが脳梗塞に倒れ、 ご自分では歩くことができなくなり、 車椅子生活になられます。 もちろんトイレも介助なしでは行けません。 あまりの急な変化にご本人も そして息子さんも戸惑われたのでしょうか 家に閉じこもるような生活になられたようです。 ベッドで寝ているか、 車椅子に座っているか、のどちらかであり、 病院に行かれる以外 ほとんど外に出かけることはなくなったのです。 僕がその方の老健入所のご要望を受けて 訪問させていただいた時にも 玄関先にまで「○○〜!」という大声が 聞こえていました。 その方がおられるお部屋からは 見えない位置に息子さんはおられました。 その間に位置するようにお嫁さんがおられ、 動こうとされない息子さんに代わって お嫁さんが寄り添いに行かれると、 「あんたちゃう!私は、○○を呼んでるんや!」 とすごい剣幕です。 最初からやや圧倒されながらの初回訪問でした。 僕がベッドサイドに伺うと なんともお優しい笑顔で 「あんた男前やな、今日は何しに来たん?」 と質問してくださいました。 「息子さんとお嫁さんが ○○さんのことで僕たちに相談してくださったので、 今日は○○さんに会いに来ました」 と答えました。 とても歓迎ムードで、 訪問した際にあった激しいやりとりをされていた方とは まるで別人のようで、僕らが帰る際にも 「あんた男前やし、またおいで、待ってるで」 と言ってくださいました。 けど、 僕らがベッドのある部屋を出て 玄関に向かおうとすると 時間が逆戻りになったかのように 「○○〜!」という大声が また聞こえてきました。 大声、というよりは 叫び声、と表現したほうが 的を得ているかもしれませんでした。 そうしたご様子は施設の窓口業務を担当する 生活相談員が情報としてまとめてくれていたので、 訪問をさせていただく前から 知ってはいたのですが、 紙情報に声の大きさまでは載ってませんから 生のご様子はこうした訪問でないと 実感できません。 かくしてその方は僕らの老健に来られました。 3ヶ月のご入所です。 「○○〜!」と息子さんを呼ばれるのは 老健入所後も変わりません。 呼ばれる理由を伺うと 「お尻が痛いからなんとかして欲しいねん」 と言われます。 長い期間ベッドと車椅子の生活をされていたため ジョクソウができていたんです。 これには看護師が中心となって 患部の対応につとめました。 ただ、患部の回復とは関係なく 叫び声は一向におさまりません。 ちなみに、その方は “今は老健に入所されていて 家にいる息子さんは2週間に一度くらいしか 面会に来られない” ということをおおよそのところで理解されています。 でも、叫ぶのです。 ただ、やがて息子さんの名前を呼ばれる代わりに 「誰か〜!ちょっと来て〜!」 と職員を呼ぶ声に変化していきました。 息子さんを呼んでも来てくれない、 という現実に折り合いをつけられたのかもしれません。 息子さんは言うに及ばず、 僕らであえも傍に寄り添いに伺うと 初回訪問のようなとても温和な表情になられ、 「着てくれたんか〜、ありがとうな」 って声をかけてくださいます。 その笑顔や会話に交じるユーモアのセンスに 僕らもケアのしんどさを忘れるほどなんですが、 悲しいかな、その方の傍にずっといることは できないのが施設の現状です。 誰かの排泄ケア、誰かの食事の見守り、 もう一人の誰かの叫び声に寄り添いに行かねばなりません。 僕らが 「ごめんなさいね、 ××さんが呼んでるから言ってくるね」 と声をかけて傍を離れると 「ごめんな、ありがとうな」 と言ってくださるのですが、 背を向けて10歩ほど歩いた頃でしょうか、 またあの叫び声になってしまいます。 ケア、どうすればいいんやろう、 って思ってた時に 専門医の診断がまだなので 受けてみられてはどうか、 ということになりました。 在宅での主たる介護者で 老健退所後も再び主に介護されるであろう 長男のお嫁さんは 「義母のことが知りたい」 と前向きなお返事でした。 息子さんはやはり当初は “知る”ことに戸惑われていたようでしたが 僕らのお話を何度か聞かれるうちに 同意してくださいました。 小澤先生の後を継がれた先生に いつものように検査、診断していただきました。 血管性認知症でした。 施設でのご様子だけでなく、 家でのご様子をお伝えすると 処方薬のなかに抗うつ剤も処方されました。 叫び声の根底にあるものは 寂しさ、悲しさ、孤独、不安 といったものがあるのだろうと 先生も思ったからでしょう。 処方薬の変更を機に ケアの在り方も再検討してみました。 まず、一日の過ごし方を もう一度丹念に見させていただいたところ、 日中起きておられるように見えても 小刻みに寝ておられることがわかりました。 夜間が浅眠なのでその影響もあるのかもしれませんが、 食堂などで車椅子に座って 小刻みに寝ておられたのです。 そして我を取り戻すかのように覚醒されて 大声で叫ばれる、 そのほぼ繰り返しでした。 僕らは車椅子とベッドの他に 座り心地の良くて他の方にも人気のソファに その方にも座っていただく時間を設けました。 食事は普通の椅子で、 と思ったのですが、 座位がしっかり保てず、じょくそう部も痛そうでしたので 食事は以前のまま車椅子で食べていただき、 食後にソファへ、といった感じです。 ソファでは職員も横に座り、 他の方とおしゃべりしたり、 端末機を持って記録業務をしたり、 といった感じです。 誰かが傍にいると何言かしゃべって ほどなく居眠ってしまわれます。 職員が誰かのケアにソファを立ってしまうと しばらくしていつもの叫び声が出るのですが、 そんな時はソファに居合わせた他の方が 「今、にいちゃんはあっちへ行っとるから 待っとき。そんな叫ばんでもええよ」 と声をかけてくださるようになりました。 ほんとうに前の晩が眠れてない時は 昼間でもベッド臥床していただきましたが、 覚醒されて、寂しさが叫び声となった時には そのソファにお連れしました。 職員の姿がまったく見えなくなる場所で 過ごしていただくことは その方にあったケアではなくなるからです。 夜も車椅子のまま 他の方の就寝介助に付き合っていただいたり、 ケアにゆとりができればソファに一緒に座ったりして 眠くなるのを待ちます。 そしていよいよ本格的に居眠られそうになったら ベッドにお連れし、 枕元でラジオの深夜放送を小音で流し続けました。 “一人じゃないですよ” という気配を寝入った状態でも感じていただくためです。 すると、4時間くらいは良眠、 うまくいくと朝の6時くらいまではよく寝ておられました。 当初の予定の3ヶ月を少し過ぎた頃、 僕らの老健を退所されましたが、 その後のご様子は残念ながら存じません。 僕も職場移動となって 違う地域の事業所に配置転換となったからですが、 『ケアってなんだろう』を読むうちに “どうしてはるやろなぁ”と思い出すケア場面でした。 テーマ:福祉関連のおすすめ本 - ジャンル:福祉・ボランティア ![]() |
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