今日火曜日の小規模デイを
利用されている方は全部で5人。
すべて女性。
お一人をのぞいて後の方は
専門診断は受けておられないものの
少なからず認知症の症状があります。
記憶障害というか、
いわゆる“物忘れ”については
みなさんそれぞれに自覚されていて、
ご家族の前では、「そんなことはない!」
と言われるみなさんですが、
小規模自主デイにこられると
「私はまだ大丈夫なんだけど、
もしもボケてしまったら〜」
と現実をカッコの中に入れて話される時もあれば、
「最近よく忘れるようになって(苦笑)
こないだも家のもんに
注意されてねぇ、、、、
あかんようになりましたわぁ」
と互いに今の悩みを正直に語られる時もあります。
そんなみなさんが今日も集まり、
またまた話題は次第に“物忘れ”について、
そして認知症の告知の話題に。
告知して欲しいか、して欲しくないか、
と僕がみなさんに伺った時です、
ある女性の方が、
「息子にだったらちゃんと言って欲しいわ、
お母さん、あんたボケてきたよ、って。
それ以外の人には
医者でも友人でも、
まして嫁なんかには絶対言って欲しくないわ」
と言い切られたのです。
その方にお子さんは息子さんお一人です。
普段、お話をされる際には
あまり息子さんのお話は出てこないんですが、
誰とはなく家族の話、子供の話をしはじめると
その方は自慢の息子さんの話をされます。
実際、その方の息子さんはとてもお母さん想いの方で、
ご自分では具体的にどう接すればいいのか
よくはわからないご様子ですが、
「○○なことがあるんですが、どうしたらいいでしょう?」
「××ということがあって、△△にしてみたんですが、、」
といった風に都度相談してくださいます。
すべてのお母さんと息子さんがそう、
なのかはわかりませんが、
母親と息子、という関係は
かなり深くて強いのだろうと思います。
よく言いますよねぇ、
“すべての男はマザコンだ”って。
僕も一応は男なんで
その言葉にはちょっと抵抗を感じますけど、
でも、ファザコンは絶対有り得ないなぁ、僕は。
だから、と言っていいかどうかわからないけど、
コンがあるとすれば母親に、かな。
ただ、息子が母親に、という以上に
母親が息子に、という思いのベクトルを強く感じます。
言語化しにくい、
いわば本能みたいなもんなんだろうと思うんです。
自分がボケたことを誰かに指摘される、って
かなり辛い場面ですよね、
絶対の信頼関係があっても
ひょっとしたら言い方を間違えば
その関係さえも壊れてしまうことだって
ありえるかもしれないほど
しんどいことを伝えなあかんわけですから。
でも、
「息子だったら、、、」と言い切られた。
それも、
その時の会話の流れ、場面を振り返ってみると
どこか“待ってました”的に
「息子だったら、、、」って
言われたんですよね、その方は。
ひょっとしたら
その方はご自分の物忘れに対して
やはりとても不安で悲しくて寂しくて
でもそういう現実を信じたくない部分もあって、
ボケてない、とも
ボケてる、とも
自分の息子が言うことだったら
受け入れよう、と思われているのかもしれない。
ご自分のベッドの上で一日のほとんどを過ごし、
食事の時だけリビングに出てこられ、
でもその時に息子さんは仕事でおられず、
お嫁さんやお孫さんも一緒に食事をされることもない、
小規模デイに来られている週2日だけが
遠慮のない会話を楽しめる時間だとしても、
きっと、待ち望んでいるのは
息子さんと一緒に過ごす時間なのかもしれないなぁ。
ケア場面で出てくる言葉って
台本じゃないからねぇ、
“生”な台詞だから。
やっぱり真実味、重みが違います。
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