続・介護の現在進行形
“老い”を生きる、ってどういう感覚なんだろう。 “老いの不自由”を支えるって、どういうことなんだろう。“老いても地域で暮らす”って、難しいのかな。
“セミパブリック”という刺激と安らぎ
前にも書いたけど、
今かかわってる小規模デイサービスは
もうすぐ閉められてしまうんです。
5月の第3週まで。
それ以降は、センターのある通常のデイサービスに
吸収されてしまいます。
今週と来週は移行期間となっていて、
いきなり場所も雰囲気も変わると
小規模デイの利用者さんへ申し訳ないんで、
午後からセンターに外出して
通常のデイサービスの場の空気に
少しでも馴染んでいただこうと思ってるんですが、、、
今日、お連れした方の一言が
とても印象的やったなぁ。

「こっち(センター)に来たら気まま言えんようになるなぁ」

僕らは、というか
利用されてる世代の方はもっとだと思うけど、
集団生活では“ちゃんとせなあかん”って
しつけられてきた気がするんです。
プライベートな空間から
パブリックな空間に行ったら
“ちゃんとするのが当たり前”で、
“気まま言うのはあかん”のだと思ってるところがある、
無意識にね。

けど、
これを言ったら今の介護の流れに逆らうようやけど、
もう随分生きてきた人たちにとって
介護予防は、もしくはADLやQOLの維持は
とっても大事なんだろうけど、
「もうええよ、そんなん。
 結構今まで苦労してきたし、
 これからは気ままに生きたい」
っていう人がいたって不思議じゃないし、
その考えかたを否定もできない。
僕ら援助職が
“もっとイキイキと過ごして欲しい”と
いろいろプラン考えても
「ありがとう。でも、もうええねん」
って言われてもしょうがない。

ただ、その場所がまったくのパブリックか
セミパブリックかによって
意欲ってかわってくるように思うんです。
大勢の集団の中では
いくら職員が声かけても
「もうええ」の一言で終っても、
ちょっとプライベートに近い小空間
たとえば今小規模デイとしてやってる
公団住宅の一室みたいな場所で少人数だと、
「ほなちょっとやってみようか」
って自然に小さな意欲が顔を出す。

今日、利用者さんが言ってくれた一言、
「気まま言える場所」ってすごく大事なんだと思う。
そこにはちょっとした刺激もあるし、
ちょっとぬるま湯的な安らぎもある。
広〜い空間で人数を小分けにして関わりをもつのとは
根本的な何かが違うんよねぇ。
自分の家にだだっ広い部屋ないやん。
自分の家に20人も30人もおらんやん。
5人、6人やから
心地良い刺激と安らぎが生まれるんやん。

ユニットケア、グループホームでよくある
勘違いと一緒で、
小さくしたらケアはうまくいくわけじゃない。
そうしたケア形態を通して何をするのか、
何を利用者さんに提供するのか、
そこんとこがハッキリしてないと
失敗するけど、
“ちっちゃい”“狭い”というハードの要素は
かなり重要であることも確かです。

テーマ:心に残る言葉 - ジャンル:福祉・ボランティア

【2006/05/08 22:19】 | 雑感 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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